大判例

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大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)41号 判決

控訴人

美濃清商工株式会社

代理人

田辺哲雄

田辺照雄

被控訴人

株式会社秋田銀行

代理人

木村一郎

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  被控訴人は控訴人に対し金一一八万八二五〇円とこれに対する昭和四四年一月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

五  第三項については仮に執行することができる。

事実

一  控訴人は、主文第一・第二・第四項同旨及び「被控訴人は控訴人に対し金一一八万八二五〇円とこれに対する昭和四四年一月九日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求め、

被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  被控訴人の主張

1  被控訴人は、昭和四二年八月一〇日訴外大塚繁夫から、同人が振出した金額一一八万八二五〇円・支払人控訴人・満期同年一一月二四日・支払地京都市・支払場所株式会社京都銀行本店・受取人白地・振出日同年八月九日・振出地能代市とする為替手形の裏書譲渡を受け、控訴人は同年八月二〇日右手形を引受けた。被控訴人は、所持人として、満期日に支払場所に呈示したところ、支払を拒絶されたので、その支払を求めて本訴を提起し、昭和四三年八月二〇日受取人欄を大塚繁夫と補充して同月三一日の口頭弁論期日に相手方代理人に呈示した。

よつて控訴人に対し右手形金一一八万八二五〇円とこれに対する右呈示後である昭和四三年九月一日から支払ずみまで年六分の遅延損害金の支払を求める。

2  大塚繁夫から被控訴人に対する裏書に取立委任の表示があつたことは認めるが、右記載は誤つてなされたものである。すなわち、被控訴人は大塚から昭和四二年八月九日、荷送人を同人、荷受人を控訴人とする大塚の木材製品についての貨物引換証付きの本件為替手形の割引依頼を受け、これを承諾し、翌一〇日被控訴人能代畠町支店の大塚名義の普通預金口座に右割引金を振込んだ。その際、為替係員望月綾美は間違つた事務上の慣例に従い、第一裏書欄の被裏書人として「取立委任に付株式会社秋田銀行」のゴム印を押捺した。これは荷為替手形について荷主が一日も早く荷受けできるようにとの顧客の要請から同支店は割引依頼に関係なく即日支払銀行あて発送してきていたので、本件においても為替係は漫然と右ゴム印を押捺し代手番号を付し発送したものである。

右「取立委任に付」の表示は、その後昭和四三年三月二日抹消して訂正した。したがつて、手形法一六条一項により取立委任は記載しないものとみなされ、遡及効を有するものである。

3  被控訴人が、控訴人主張のように、仮執行宣言付原判決に基づき執行し、昭和四四年二月一〇日供託金を受取つたことは認めるが、控訴人に対し損害を与えたことは否認する。

三  控訴人の主張

1  訴外大塚繁夫が被控訴人主張の為替手形を振出し、控訴人が被控訴人主張日時右手形を引受けたこと、被控訴人が右手形を満期日に支払場所に呈示したが、控訴人がこれを拒絶したこと、被控訴人がその主張日時その主張のように受取人欄を補充したことは認める。

しかし被控訴人は右訴外人から手形を通常の譲渡裏書を受けたものではなく、同人から取立委任のため裏書を受けたものである。このことは同人から被控訴人に対する裏書には当初取立委任の表示がなされ、手形表面右肩余白には取立委任手形であることを示す「他代」の表示があることによつても明らかである。

被控訴人は右表示は事務上の過誤によるというが、右取立委任の表示がなされたという昭和四二年八月一〇日の時点においては割引未定であつたというのであるから、被控訴人能代畠町支店が通常の譲渡裏書とせず取立委任としたことは合理的であり割引依頼人大塚の意思にも適合し、決して過誤ということはできない。

仮に大塚から昭和四二年八月一〇日に被控訴人に対し割引のため裏書譲渡がなされたとしても、取立委任の形式が裏書に明記された以上、被控訴人は取立委任の範囲内においてのみその権利を行使するほかなく、控訴人としては大塚を手形権利者とみることができるのである。そして被控訴人はその主張のように昭和四三年三月二日取立委任の表示を抹消したというのであるから、その時から裏書譲渡の効力が発生するものである。このことは、例えば使用者が解雇権の制限を就業規則に定めるときは労働者はその制限を主張しうるように、私的自治の許される範囲では権利者が自らの権利を制限することは可能でありその制限を義務者に対して表示したときは義務者の側からもその制限を主張することができるという法理によつても、また手形外観法理、禁反言則からも裏付けることができる。本件においても、控訴人は右取立委任の文言を信じて、後記相殺を主張すべく本件手形金と同額の異議提供金を手形交換所に預託して本件手形を不渡にし、大塚に対する他の債権回収の処置を見送つてしまつた。

そして右昭和四三年三月二日付既に満期日を経過しているから、右譲渡裏書は期限後裏書の効力しかない。

2  控訴人は、大塚が振出した金額一二四万〇八六四円、満期昭和四二年一二月二五日、支払地振出地とも能代市、支払場所被控訴人能代畠町支店、受取人控訴人とする約束手形一通を所持し、満期日に支払場所に呈示したが、支払を拒絶された。

ところで、前記のように本件為替手形債権が大塚から被控訴人に譲渡されたとしても、昭和四三年三月二日以降のことであるから、同日以前に弁済期の到来している右約束手形債権をもつて相殺することができる。また、右譲渡は裏書人に対抗することのできる事由の付着した期限後裏書である点においても、右相殺を主張することができる。

そこで控訴人は昭和四三年五月三〇日の口頭弁論期日に右約束手形を呈示して右約束手形債権を自働債権、本件為替手形債権を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をし、更に被控訴人が本件為替手形の受取人欄を補充して呈示した同年八月三一日の口頭弁論期日にも同様呈示して相殺の意思表示をした。

したがつて、本件為替手形債権は消滅しているから、本訴請求は理由がない。

3  被控訴人は、仮執行宣言付の原判決に基づき、控訴人が国に対して有する、被控訴人(債権者)控訴人(債務者)の京都地方裁判所昭和四三年(ヨ)第一七九号動産仮差押事件の仮差押決定に基づく仮差押執行取消のための解放金として京都地方法務局に供託した金一一八万八二五〇円(同法務局昭和四二年度金第三三七七一号)の取戻請求権につき、京都地方裁判所において債権差押及び転付命令を得、右命令の決定正本は昭和四四年一月八日第三債務者国に送達されて効力を発し、同時に控訴人は右取戻請求権を失つた。

よつて、民訴法一九八条二項により、損害賠償として、右債権額相当額金一一八万八二五〇円とこれに対する昭和四四年一月九日から右支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める。

四  証拠関係《省略》

理由

一訴外大塚繁夫が金額一一八万八二五〇円・支払人控訴人・満期昭和四二年一一月二四日・支払地京都市・支払場所株式会社京都銀行本店・受取人白地・振出日同年八月九日・振出地能代市とする為替手形一通を振出し、控訴人が同年八月二〇日右手形を引受けたこと、右手形第一裏書欄には当初大塚から被控訴人に対する取立委任の文言のある裏書がなされており、被控訴人は右手形の所持人として満期日に支払場所に呈示したが、控訴人が支払を拒絶したこと、被控訴人がその後昭和四三年三月二日右取立委任の文言を抹消し、同年八月二日受取人欄に大塚繁夫と記載補充したことは当事者間に争いがなく、被控訴人が本訴を提起したのは同年五月四日で、同年八月三〇日の口頭弁論期日に右受取人欄を補充した手形が呈示されたことが記録上明らかである。

そして〈証拠〉によると「被控訴人能代畠町支店は昭和四二年八月九日その取引先大塚から、荷送人を同人、荷受人を控訴人とする大塚の木材製品についての貨物引換証付の前記為替手形の割引依頼を受け、同支店は同月一〇日本店の承認を得て右手形を割引き、右手形金額から割引料を差引いた金額を大塚の同支店の普通預金口座に入金した。ところが右手形は荷為替手形であり、荷受人が貨物を早く受取れるように貨物引換証の発送を急ぐ必要があるので、右手形は為替係に廻わされ、係員望月綾美は従来の同支店の慣行に従い、右手形が割引されるものであることを顧慮することなく、既に大塚によつて同人の記名捺印がなされた第一裏書欄の被裏書人の所に『取立委任に付株式会社秋田銀行』のゴム印を押捺し、また表面右肩余白に手形金の取立委任を受けたことを示す『他代』の文字とその番号を押捺し、同日支払場所である京都銀行本店宛発送した。被控訴人能代畠町支店は、本件以後においても、大塚から依頼され割引した荷為替手形につき同様取立委任の文言を記入していた。」事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。右事実によると、大塚は被控訴人に対し本件為替手形を通常の譲渡裏書をしたものであるが、被控訴人に対しその効力が通常の譲渡裏書の範囲内である取立委任裏書に補充することをも許容していたもの解するを相当とし、被控訴人の右取立委任の文言の付加及び抹消はいずれも補充権の範囲内でなされたものと認められる。

そして右取立委任の文言の抹消により大塚から被控訴人に対する裏書は通常の譲渡裏書となるが、しかし通常の譲渡裏書となるのは右抹消された昭和四三年三月二日であつて、取立委任の文言が付記された昭和四二年八月一〇日に遡るものではなく、右昭和四二年八月一〇日から昭和四三年三月二日までは取立委任裏書としてのみ効力を有するものである。したがつて右通常の譲渡裏書は期限後裏書といわなければならない。けだし、手形は権利が化体した証券で転転流通するから、右券面に記載された文言に従つて解釈すべく、たとい割引のため譲渡されたもので譲渡裏書の内容を有していても、取立委任裏書の形式が採られた以上、割引当事者間をのぞくその他の手形上の権利関係においては、右形式に拘束されることは止むを得ないところである。

二控訴人が、大塚繁夫が振出した金額一二四万〇八六四円・満期昭和四二年一二月二五日・支払地振出地とも能代市・支払場所・被控訴人能代畠町支店・受取人控訴人・振出日同年八月三一日とする約束手形一通を所持し、右手形は満期日に支払場所に呈示されたが支払を拒絶されたことは、〈証拠〉によつて認定することができ、控訴人が昭和四三年五月三〇日の口頭弁論期日において右約束手形を呈示し、大塚に対する右約束手形債権を自働債権、被控訴人の本件為替手形債権を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは記録上明らかである。

そして前認定のように被控訴人が昭和四三年三月二日に本件為替手形を期限後裏書によつて取得するまでは大塚が本件為替手形の債権者であり、その期限後裏書は指名債権の譲渡としての効力しか有しない。そうすると、右期限後裏書当時においては前記各手形債権はすでに満期が到来していて相殺適状にあつたから、控訴人は民法四六八条二項に基づき、右約束手形債権を自働債権とする本件為替手形債権との相殺に関して、大塚に主張することのできた抗弁事由を被控訴人にも対抗しうるわけである。従つて、控訴人の相殺の抗弁は理由があり、右相殺によつて本件為替手形債権は消滅したものというべきである。

三そうすると、被控訴人の本訴請求は失当として棄却すべく、原判決は取消を免れない。

四控訴人の損害賠償の申立についてみるに、被控訴人が、控訴人主張のように、仮執行宣言付原判決に基づき昭和四四年一月八日、控訴人の供託にかかる解放金一一八万八、二五〇円の取戻請求権の転付を受けたことは当事者間に争いがないから、原判決が取消される以上、被控訴人は民訴法一九八条二項により、控訴人に対し、控訴人の失つた右取戻請求権に相当する金一一八万八二五〇円とこれに対する右転付の日の翌日である昭和四四年一月九日から右支払ずみまで年五分の割合による遅延賠償金を賠償すべき義務がある。

従つて、控訴人の当審における右請求は正当として認容する。

よつて、民訴法九六条、八九条、一九六条を適用し、主文のとおり判決する。(木下忠良 村瀬泰三 田坂友男)

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